コーヒーを抽出した後に出るコーヒー粕(かす)。自宅でコーヒーを楽しんだ後にゴミとして捨ててしまっていないでしょうか? 一部、家庭内などでも肥料や堆肥、除草、虫よけ、消臭・脱臭剤として利用されている動きもありますが、それはあくまで一部。その大半は廃棄されていますが、コーヒー粕は温室効果の高いメタンガスを生成することから環境問題への悪影響も懸念されています。そんな“使いみちの難しい”コーヒー粕から軽量かつ高強度な特性を持ち、多種多様な用途への展開が期待される次世代素材「セルロースナノファイバー」の抽出、生成に成功したのが横浜国立大学 大学院工学研究院の川村出准教授らの研究グループです。

年間50万トン近くを消費する“コーヒー消費大国”だからこそ研究の意味がある

川村先生率いる川村研究室(以下、川村研)では、主に生体分子が機能する上で必要な構造や運動性などを明らかにし、生体分子の働きを分子レベルで理解すること。また、生体分子の分子設計・構造情報を元に新しい機能性材料の開発を目指しています。

そんな川村研でコーヒー抽出後に残るコーヒー粕にセルロースなどを成分とする細胞壁が含まれることに注目し、新しいリサイクル方法について研究を進めたのは2018年。同研究室に在籍する学生の教育用のデモンストレーション試料として、身近なものから分析に進めていくなかで、「川村先生がよく飲まれるコーヒー」に着目。当初はコーヒー豆の産地分析につながればとはじめたものの、コーヒー粕の多糖類のデータに着目。コーヒー粕にはわずか10%ながらセルロースを成分とする細胞壁が含まれていることがわかりました。

研究を進めた経緯について川村先生は「もともとコーヒー粕は燃料や飼料等で再利用されていますが、コーヒー粕の中からセルロースを取り出すことができたら、環境付加価値の高い資源として新たな活用ができるのではと思ったのがきっかけ。缶コーヒーなど世界でもユニークなコーヒー文化を持つ日本だからこそ、コーヒー粕も大量かつまとまって出るため、セルロースの含有量が少なくても、研究を進めていく可能性はあると思いました」と説明します。

植物由来のセルロースナノファイバーの抽出の本命は紙の原料であるパルプであり、紙の需要が減少する製紙業界にとって新たな成長分野に位置付けられています。一方でコーヒー粕の活用は“ゴミ”を資源にする取り組み。従来であれば廃棄物となったものが資源となることこそがこの研究の意義であり、真骨頂と言えます。


*化学反応を利用してコーヒー粕から分離したセルロースナノファイバーの電子顕微鏡写真

廃棄物を資源として捉えるアップリサイクル(資源創出)に寄与していきたい

そもそも今回、話題となっている「セルロースナノファイバー」とは何か。植物由来のセルロースを原料としたナノファイバー素材で、一般に重さは鋼鉄の5分の1で強度は5倍。酸素などのガスバリア性が高いなど、優れた特性を発現した素材です。その特性を活かし、自動車部品やモニターなどのエレクトロニクスデバイス、そのほかにも食品や医療、ヘルスケアなどの分野への活用が期待されています。

今回、川村研で発見したコーヒー粕から抽出した「セルロースナノファイバー」は、既存のセルロースナノファイバーと同じように水中で特徴的な粘性を示すもの。水中に分散した「セルロースナノファイバー」が油を吸着(乳化)させることに特化しており、石鹸や化粧品などでの活用が検討されているそうです。

「一言にセルロースナノファイバーといっても色々な特性があり、現時点では私達の研究で抽出したものは化粧品などへの活用を考えていますが、まだまだ別の用途で利用できないかは模索中です。いずれにせよ、従来であれば廃棄物となったものが資源となる、リサイクル(再生)を超えたアップリサイクル(資源創出)へ繋げられるかが重要で、そういった活動を横浜から発信していければと考えています」と川村先生は展望を語ります。

従来の大量生産・大量消費・大量廃棄型の線形経済から、サーキュラー・エコノミーへの移行を横浜から世界に向けて発信できるか。今後の川村研の活動への期待が高まります。

*なお、株式会社GRACEと横浜国立大学は2022年11月1日に包括連携協定を締結。「コーヒー粕由来セルロースナノファイバーを用いた機能性材料の開発および用途開発」に関する共同研究を進めております。

▽Profile

川村 出(カワムラ イズル)氏
横浜国立大学
大学院工学研究院機能の創生部門
准教授。
2007年 横浜国立大学 大学院工学府 機能発現工学専攻 修了、博士(工学)
2009年 グエルフ大学 客員研究員
2012年 横浜国立大学 大学院工学研究院 助教
2013年 横浜国立大学 大学院工学研究院 准教授

一覧

Top